t0952 くっついても貪欲ぶる千歳と橘。フレキ。 ← 千歳と桔平とのセックスはやけに忙しかった。普段離れているという事情からか、確認すべきことが山ほどあったせいだ。キスの仕方だの、声の漏らし方だの、視線のそらし方だの、何か変わったところがあるたびに、千歳は自分の指が彼の首を絞めそうになるのを抑えなくてはいけなかった。そしてその力の入った指先を誤魔化すために、千歳はときたま桔平の鎖骨や肩の辺りに爪を強く立てて、感情をそこに逃がしてしまう。 「あっ……ちとせ、お前っ……て、おいっ!」 彼の悲鳴は心地よかった。耳から入ったはずのその音が、背骨をじわじわと下って腹のあたりに遅れて響き、火のついている千歳のこころを更に煽った。被虐心とも加虐心とも、あるいは喜びとも悲しみともつかない切ない感情が湧いて、千歳の頬を緩ませる。その声は確実に千歳の脳を蕩けさせ、耳と腰の両方を熱くさせた。 桔平の媚態は正直目の毒だ、と千歳は思っている。普段硬派ぶって取り澄ましている男が一度こうなると、その吐息の荒さも震える肌も、何もかもが桁外れに扇情的に見える。 「桔平、俺ん言う通り……じっとして……な?」 「指が、指っ」 「爪が伸びとるだけたい。相変わらず不精だけん」 「切れよ、はやくっ」 「うん。これが終わったら、切る」 すぐに切るけん、今は俺の言うこつば聞け、と繰り返しつつ、千歳は段々と無言になった。セックスの最中に喋る言葉などちっともアテにならない。千歳が言うにしても彼が言うにしても、そのどちらであっても睦言は所詮睦言の範囲を出ることはなく、信頼に足るような言葉は一切生まれなかった。 そのようにして、二人の間ではなぜか体だけがひたすら正直にこころの有り様を晒した。今、どんな気分か。今、何を考えているのか。相手を思えば思うほど胸の奥から疑問が溢れ、それについて正しい解答を与えるのは、結局口から出る「言葉」などではなくてお互いの熱と呼吸の役割だった。 よって千歳も桔平も、互いをよく知るためには五感を限界まで研ぎ澄まさねばならかった。繋がりたいと思う本心がある。どんなに繋がっても離れてしまうと知っているから、決して満たされぬ欲望が心のうちから抜け出して、どこかしこへと氾濫してしまう。 そんな二人からとろり、とした白濁が溢れ出したのを見て、千歳は鼻をぐすん、と小さく鳴らすと、汗まみれの彼の体をぎゅうと抱いた。疲れ切ったことでようやく落ち着くことが可能になって、千歳はなんとか、束の間の安堵を味わうことが出来る。 「桔平」 「なん?」 「俺、桔平ば飼い慣らしたい……」 「なんや、『飼い慣らす』て」 「俺、桔平の飼い主になりたかとよ」 「俺はペットなんぞにはならん」 「ちゃちなペットにはせん。ケダモノのままでいてくれ」 ずるり、と抜いた性器には薄っぺらのゴムがくっついている。千歳は先ほど彼の肌を傷つけた指でそれをゆっくりと剥がし、ティッシュにくるんで部屋の隅に置いたゴミ箱のあたりへとその塊を放った。方向は間違わなかったはずだが、ことん、という小気味の良い音はしなかった。 「千歳ぇ、今の、ちゃんと入ってねーぞ」 「良かて。後で片付けるけん」 子供染みた思考の中では、彼は完璧に自分のものだった。確かに一度手にした、と思ったのだ。けれど現実はそうならない。境界線はあまりにもはっきりと引かれていて、いくら千歳が彼を侵食しようとしても、時間が経てば何もかも元に戻ってしまう。 永遠に繋がることは出来なかった。セックスは夢のようでありながら、満足よりも強い欠乏感を千歳にもたらした。 けれどもまだ「夢」を、あの獅子楽のころと変わらぬ幸せな「夢」を見たい千歳は、自分の口がもっと大きかったら良かったのかも知れない、という童話のような考えを持った。たとえば、獅子を食らうための鰐の口はどうか。大蛇の口はどうか。いちいちバラバラにして食いたくはない。生きたまま一飲みで済ますことの出来る、大きな口を持つ生き物はいないか。そのような思考を浮かべながら千歳は、そろそろと自分から離れようとする桔平の体を、決して逃げられぬように手ひどくいたぶった。弱った器官に指を入れて、ぐちゅぐちゅと中を掻き回し、自分への服従を桔平に求めた。 彼はもちろん、抗った。 「……風呂て。千歳、風呂に行きたか。離せや」 「待て。まだ沸いとらん」 「シャワーでいい」 「だーめ。いかせん」 その間にも、指はどんどん奥へと進んだ。先ほどまでもっと太く硬いものを受け入れていたから、彼の意識と関わらず抵抗は緩く、今となっては時折震えてひくひくと蠢き、千歳の指を心地よい場所へ誘うばかりになっていた。 「……ち……とせっ」 「ダメて。学習しぃ。ここまで来て、いまさら逃がさんよ」 耳元で囁くたびにびくびくと跳ねる彼の体を腕のなかへと閉じ込めながら、千歳はこうも思った。 もしも、自分という生き物がもっと巨大で、恐竜やクジラの唇を持っていたら、迷わず桔平を飲み込んで胃の中に納めてしまうだろう。それから一息ついてたっぷりお茶を飲んでから、桔平のために桔平の好きなものをたくさん食べてやるだろう。そして胃の中でしばらく充分に太らせて、決して喉から出てこられないようにしてやろう。そのあと一生かけて、ゆっくりと消化してやろう。桔平はじわじわと自分の胃液に溺れていくだろう。そして最後には、巨大な肋骨に囲まれた不思議な化石が残るだろう。後の人がその絡まり合った骨を見て、新種の変な生き物を発見したぞ、と思うだろう。 しかし自分は恐竜ではない。クジラの唇も持たなければ、彼をおさめるための巨大な胃も持たない。しかし、いわくつきの右目を持っている。その魔力について考えたとき千歳は、ふーっと悲しいため息をついた。この目はいまだに枷になる。自分自身の、そして、彼にとっての枷になっている。 ろくに機能しないほうの目は、夢見がちな千歳を瞬く間に現実へと引き戻した。欠けた視界のなかで染めた短髪がちらちらと揺れて、こちらの体重をはねのけようと苦心している。千歳は、彼の不機嫌そうな目の奥に宿った、針の先のような鋭い瞳孔が大好きだった。 ――飼い慣らしたい……俺たちの隙間を全部、埋めたい。 なあ、と千歳は腹の底の飢えを露わにした。 「桔平。もっかい、しようや」 「ばっ……無茶言うな」 「なして? 久々に会えるんだけん、もっともっと、気ぃ失うくらい、続けよう」 「……無理ばい」 「ちっと休んでからより、続けての方が楽に決まっとる。大丈夫、そがん弱気にならんでも」 ――俺のなかに閉じ込めたい。それが出来ないから「飼い慣らしたい」。そして、もしも飼い慣らせないなら、あとはもう……あとはもう……あ、殺したい。違う。食べたい。やっぱり、食べたい。 突き詰めてみれば、それはやはり食欲を伴う殺意だった。だからこんなに体が彼を求めるのか、と千歳は思った。自分はいつか心のどこかで「桔平を食い殺したい」と考え、それが出来ないから、次に閉じ込めたいと思った。しかし右目をもってしても閉じ込められなかったから、今度は「飼い慣らしたい」と考えた。 その牙も爪もそのままでいい。どんな反撃にあってもいい。 気づいた千歳は、桔平の首と鎖骨のあたりを入念に唇と舌で愛撫した。桔平に首輪をつけるならきっとこのあたり、などと考えていたのだが、すぐに「やめろ」という吐息まじりの非難が聞こえた。舐めれば舐めるほど、熱の高まりを隠し切れぬ彼は抗う。口から否定の言葉を叫びながら、震える手足を誤魔化すために、むやみやたらと身を捩って抗う。 「桔平、いい加減にするのはそっちたい」 「……なんて……や?」 「観念しぃ。もう、どぎゃんやったっちゃ逃げられんとだけん」 千歳が桔平と目を合わせれば、それがいつもとどめになった。反射的に桔平の体から力という力が抜けて、あれほど押さえつけねばいけなかった手足の乱暴も、その瞬間にぱたり、と止まった。 「逃げられんよ……桔平。もう俺からは、逃げられん……」 束縛の言葉を繰り返してその耳に吹き込めば、桔平はいまにも逃げ出しそうな顔をしながら、しかし目をそらさずに千歳を見ていた。逃げない、と決めたのは結局桔平のほうだったから、桔平はもう二度と俺から目を背けることが出来ないんだな、と千歳は感じている。 枷の準備は出来ている。右目はこれ以上なく強い鎖になった。ならば、「飼い慣らす」までにあと何が足りないのだろう、と千歳は思った。 「……桔平、何が欲しかと?」 揺さぶりながら尋ねてみても、彼の唇が紡ぐのは自分の名だった。「ちとせ」「ちとせ」とうわ言のように繰り返して、いつか千歳が自分の目を潰してくれる、その瞬間を待っている。 そんな桔平を、その罪の意識や苦しみごと残らず食べてしまいたいと思うのは、それほど悪いことだろうか、と千歳は疑問を抱いた。いつか一緒に化石になりたい。千歳の考えは常にどこか突拍子がなく、現実味を持たなかった。実現不可能なことばかりを考えているから、自分は常に欠乏しているのか。そういう成り行き任せの自己分析も進めつつ、それでも千歳は一心に桔平を求めた。 セックスは安らぎと飢えを同時にもたらした。千歳はめげずに繰り返し繰り返し桔平を愛したけれど、やはり満足を得るにはほど遠かった。 ← " t0952; Freki "/20090522 |