十二 知覚、錯覚。
雲雀がまだ、山本に気が付かなかった頃。ディーノと雲雀が一緒に居て、愛し合っていた記憶。雲雀恭弥、七年前、二十歳。



 僕に、ディーノはいつも何かを教えようとしていた。
 テーブルマナー。
 イタリア語。
 戦い方。
 社交術。
 殺しのマナー。
 仕事の請け方。
 スーツの着こなし。
 愛と恋の違い、及び愛そのもの。
 ディーノの気持ち。
 目的としてのセックス、手段としてのセックス。その虚しさ。
 人間らしく生きること。
 孤独の本当の意味を。

 十七歳の誕生日を待ってから、ディーノは初めて僕を抱いた。

 行為の痛みよりも、僕が僕の知らない生き物になる感覚に恐怖して、僕はディーノにしがみついていた。そして、刺青のある肩越しに、自分の足の指が快感で広がっていくのを、じっと見ていた。

 ディーノは言った。

「人間は生きてる間に何度も生まれ変わることが出来る。誰でもだ。ツナなんて、戦う度に生まれ変わる。俺が『へなちょこディーノ』から生まれ変わったように、恭弥も生まれ変わることが出来る。もう、お前だけの恭弥じゃないんだ。わかるだろ?」「ハッピーバースデー、恭弥。」

(なんて気障なんだろう。)

 ぎろりと睨みつけようと思ったのに、体は僕を裏切った。体が異様に火照り、手足が震え始めた。

 僕は泣き出した。すすり泣きから、大きな声をあげてわあわあ泣いた。まるで、赤子が産声をあげるように、泣かないと死んでしまうかのように、涙も声も溢れていた。

 痛かったからじゃない。怖かったからじゃない。もっと別の、僕がまだ体験したことのない、何かのせい。

(熱い、喉が焼けるようだ。)

(助けて、ディーノ。)

 ぱくぱくと口を動かした僕を、ディーノはあやすように抱き締めてくれた。

 僕に、「殺したリスト」を作ること教えたのはディーノだった。いろいろな依頼を受けるから、自分の情報は自分で管理しなけりゃならない。ディーノは言った。

『これは、資料としての役割ももちろんある。誰から恨みを買ってるのか、把握しとかなきゃこの仕事はやってられない。でも、それだけの役割じゃない。これは、恭弥を殺人鬼にしないための記録だよ。殺した相手を覚えていないなんて、野蛮だし、悲しすぎる。恭弥は美しい暗殺者!極めて理知的な獣だ!』

 ディーノは言った。

『仕事の後のスーツは、すぐに捨てるか信頼できるクリーニング屋に出すこと。スーツのまま決して寝ないで。皴になるし、血の臭いのついたまま寝ると、そのうち血の臭いがなきゃ眠れなくなるってロマーリオが言ってた。靴底もちゃんと洗うんだぞ!』

 ディーノは言った。

『後悔してないか、恭弥。』

『何を』

『この世界に入っちまったことをだ。』

『あなたが、やったことでしょう。』

 それに、と僕は続けた。

『僕だって、選んだんだ。この世界にいるあなたの手を取った。だから、これは僕の意思だよ。』

 ディーノが長いまつげを震わせた。

『恭弥。怖いか、俺と一緒にいるのが。』

『怖いとも。だってあなたと一緒にいると、僕が僕でなくなってしまう。』

『恭弥、それは恋っていうんだぜ。』

 僕に、キスと愛とセックスを、教えてくれたのはディーノだ。

『好きだよ、恭弥。』

(僕だって。僕の方がずっと。)

 

 キスと愛、セックス。外は雨。そしてディーノが最後になって教えてくれたのは、別れだった。

 別れは唐突だった?(いいや、そんなの最初からわかってた。)

 協定通り、ディーノは僕を手放した。ディーノは、僕をファミリーに入れることもどこかに隠すこともできず、世界に僕を放り込んだ。ディーノが、ボスとしての己と、人間としての己との間で、どんなに苦しんだか、僕は知っている。

 僕はたった一人で、流れるように、生きた。染み付いたディーノの記憶は振り払えないけれど、仕事のときだけは何もかも忘れた。馬鹿にならなきゃ、こんな仕事はやってられない。仕事はどこからでも来たし、どこのも請けた。ボンゴレもキャバッローネも、他のファミリーも一緒くたにした。そんな風にして七年間、僕は人を殺し続けた。誰も愛さず、誰も憎まず、何も求めず、「殺したリスト」だけを律儀に書いた。

 僕は一人だ、僕は一人だ。それだけが僕を支えていたというのに、七年目のある日突然、電話が来た。ディーノだった。





   *   
"0012; From the Strait: 5 yaers. " /20060929