五 始まりの終わり。
十一月五日、昼前。山本武二十五歳。キャバッローネ邸訪問までのドライブ。



 山本は、キャバッローネ邸へと車を走らせていた。今日は久々の晴れた日で、雲も細切れに浮かぶばかり。ポプラの並木坂を登りきると、キャバッローネの館はすぐそこだ。山本はギアをセカンドに落として、白い車のアクセルを踏みなおした。

――この車を使って、よくヒバリを迎えにいったっけ。

  山本は、緩い坂道を登りながら、少し前の自分を思い出していた。

 

***

 

 ボンゴレ入りした山本武の第一声は、「ヒバリは?」だった。その時すでにボンゴレ十代目を襲名していた沢田綱吉は、はるばる日本からやって来た旧友に、ありのままを伝えた。

『雲雀さんは仕事中だよ。』

『何の?』

『ある人を殺すことを依頼したよ。雲雀さんには、殺しの仕事しか渡してないんだ。』

『じゃ、その仕事が終わったら、ヒバリ、こっち来るのな? 俺、会えるのな?』

『どうだろう、わからない。雲雀さんは、掴めない人だもの。』

 雲雀のボンゴレ内の地位は、何ともいえない微妙なもので、雲雀は一応ボンゴレの幹部となっていたが、ボンゴレの仕事ばかりこなすわけではなく、キャバッローネの仕事や、他のファミリーからの依頼も受けていた。そんな根無し草の雲雀の所在を完全把握しているのは、なぜかリボーンで、ボンゴレにおける雲雀への依頼は、全てリボーンを通して行われていた。山本は、雲雀と顔を付き合わせる機会なんてほとんど無かった。

 それでも男は、仕事の合間をぬって、雲雀の情報を集め続けた。どうやら雲雀は、リボーンとペアで仕事をこなしているらしい、というところまで掴んだ山本は、リボーンに頼み込み、雲雀とペアで仕事をさせて貰ったことがある。

(その時の、ヒバリの膨れっ面といったら、ない。)

 山本は眉根をちょっとあげて、眉だけで笑った。

 

***

 

 あれは、今から五年か六年前か、俺はその時十九歳だった。

 車でマンションまで迎えに行って(この時、俺は始めてヒバリの家を知る)、ヒバリを車に乗せる(あらかじめリボーンに聞かされていたのだろうか、ヒバリは案外素直に車に乗った)。ヒバリは全く俺と目を合わせないし、ぜんぜん喋らなかった。俺は、(ヒバリって、仕事前は無口で不機嫌になるのかも)と思って、バックミラーに映る後部座席のヒバリを盗み見た。だが、その姿は恐ろしいなんてものではなく。

(あ、拗ねちまってて。かわいいの。)

 かわいい、かわいいと口に出すと、バックミラーが割れそうな位、睨み付けてきた。鏡越しに初めて目が合って、俺がにやりと笑ったら、ヒバリは苦虫を噛み潰したような顔で、ぷいっと窓の外を向いてしまった。

 今夜の「職場」まで案内すると(その間、ヒバリはずっと頬を膨らませていた)、不機嫌そうな顔のまま、彼は極めて冷静にかつ大胆に攻め込んでいく。

 戦う姿は、まるで唄でも歌うかのようでいて。(繊細!)
 トンファーを振り回して、弾雨の中を突き進む。(豪快!)
 敵は全て、鼻の下を一突きされて即死する。(精確!)

 硝煙と血の臭いを纏っているのに、ちっとも目を逸らせない。俺は全く手出しの仕様の無いヒバリの所作を、その「仕事」中、ずっと眺めていた。

 ヒバリが全ての標的を薙ぎ払って、「仕事」の目的が遂げられたとき、俺の方を振り返った。

『ねえ、君は何しにきたの?』

――何しにって、ヒバリと仕事だよ。

『ふざけないで。何にも働いてないじゃない。』

――うーん、車の運転とか、あと帰りの車の運転とか?

『そういうのを、給料泥棒って言うんだよ。』

 噛み殺されたいの、とヒバリが呟いた。

 久しぶりの会話が、これだ、と俺は苦笑した。辺りの空気が下がって、鳥肌が立つ。ヒバリの目が爛々と輝く。中学の頃から変わらないヒバリの殺気に、冷や汗が流れた。それでも俺は、抜き身の刃をヒバリに向けて、手合わせしてーな、と呟いた。

 ヒバリが美しい獣のような顔で笑う。血塗れのトンファーと日本刀がぶつかって、硬い金属音が響いた。俺の出来うる限りの挑発に、ヒバリは簡単に乗る。そういうところも変わらねーのな、と思うが早いが、ヒバリの第二撃が飛んで来た。
 
 ヒバリの最大の武器は、そのスピードだと俺は思う。ただ単に反射神経がいいだけじゃない。筋肉の瞬発力が優れているだけじゃない。むしろ、他者の追従を許さないのはボディ・コントロールのスキルだ。フットワークの柔軟さ、体重移動の機敏さ、身のこなしの軽さ。どれをとってもピカイチなのだ。攻撃から次の攻撃へ、守備から攻撃へ、巧みに体を使いこなしているし、無駄も無い。そのボディ・コントロールの技術に持ち前の反射神経と、攻守一体型のトンファーという武器が加わって、ヒバリの最強はゆるがない。

 俺が勝てそうなのは、パワーと走力と、あとスタミナか。ヒバリの筋肉の付き方はどう見てもパワー系とは呼べないし、単純に足の速いのは俺だろう。スタミナにも自信がある。勝機は、持久戦にあり――挑発しまくって、逃げて、十分追いかけさせて、バテバテにさせてやろう。俺は、ヒバリの攻撃を左右に交わして、視界の正面に相手を見据えた。間合いを十分過ぎるほど取る。ヒバリのスピードから考えると、これ以上踏み込めば、キルゾーンだ。

『ねえ君、中学の頃よりずいぶん強くなったようだね。』

 ヒバリが饒舌になっている。機嫌が良くなったのだろうか。それとも益々気分を害したか?

 うれし、覚えてくれてたのなー、と俺が言うと、ヒバリは口の端を持ち上げた。

『もう死になよ。』

 やべぇ、怒らせちまった。一気に畳み掛けてくると踏んで、大きく左足を引いてから受身を取ろうと身構えた。全身から冷や汗が噴き出す。

 だが、いつまでたってもあるべき衝撃がやってこない。

『……リボーン』

 俺とヒバリとの間に、黒スーツに黒帽子の少年が割り込んでいた。ヒバリのトンファーは小僧の十手で押さえられ、俺には銃口が向けられている。狙いは右肩だった。なんだっけ、どこかで見た風景だな、とぼんやり思った。

『雲雀にしちゃ仕事が遅えと思ったら、てめーらいいかげんにしやがれ。』

 小僧の声は変声期前だというのに、肝が冷える思いがする。

『雲雀、山本、同士討ちはご法度だぜ。まさかそんな気はなかったろうが、もうちょっと仲良くしろ。』

『だって、全然手伝いもしなかった男に用はないよ。』

 それに、とヒバリは続ける。

『こんな男と組まされる位なら、一人で仕事がしたい。』

 リボーンは目深な帽子からチラッと片目を覗かせると、軽いため息を吐いた。芝居めいた小さなため息だった。すると戦意喪失したヒバリが構えを解き、トンファーを収める。

『わかったよリボーン、組むよ。僕だってリボーンを困らせることはしたくない。こんな男だって車役くらいにはなるし。』

『それ以上に使える男のはずだぜ。言ってみりゃ、生まれながらの殺し屋、だからな。ボンゴレからの仕事の時は、山本と組むんだ。ボンゴレは、絶対一人じゃ殺しはやらせない。他のファミリーは知らねぇが、ボンゴレの暗殺はツーマンセルが基本だ。互いに互いを援護するんだ。』

 小僧は苦笑いを浮かべていた。ヒバリは益々眼つきを険しくする。

『互いに互いを監視する、の間違いじゃない。それで君、何にやけてるの。』

 ぴしゃり言われ、俺はようやく自分を取り戻した。

 俺たちは、この日から頻繁に顔を合わせるようになる。

 

***

 

 ラジオからの短いアリアが終わった時、ポプラ並木の向こうに、キャバッローネの屋敷が見え始めた。長い上り坂が終わる。山本は門の手前で車を止めた。車から降り、門番に車の鍵を手渡す。最初にイタリアに来たときも、ここに寄ったなと思いながら、山本は門番に笑いかけた。

「チャオ、ボンゴレの山本だ。」

 胡麻塩頭の門番は無言で頷いて、車係に山本の鍵を渡した。

「お車を回しておきます。ボス・ディーノがお待ちです。」





   *   
"0005; From the Strait: the End of the Prologue. " /20060929